何のため

 

 

豚肉とほうれん草と人参とえのきの醤油炒め、レンチンピーマンのすりごま鰹節ポン酢あえ。キャベツの千切りとミニトマト目玉焼き半分のサラダ。調理時間20分くらい。無限ピーマンっていうシーチキンを使う料理もあるけれど、シーチキンは基本味が決まっているからなかなか難しい。ずぼら飯要員だし鯖水煮缶より割高だからあんまり買わない。

 

 

さておき。

 

今朝は、755分から5分ごとに3度寝した。5分でも夢は見られる。夢の内容はなんとなく失礼になりそうだからやめとこう。生生しいのはよろしくない。

 

 

ともあれ。

 

なかなか言葉が出てこない。仕事でなるべくゆっくり発話するようにしていたら、とろい、起きているのか、もっとシャキシャキ対話したいのだけどって言われて、僕の時間軸では早めに話す方がちょうど良いというのが分かった。歌うように話さないと響かないから、腹筋がなかなか鍛えられる。

 

僕は人とあまりテンポが合わない模様。

勉強になって良いのだけど。会話は基本的にエネルギー過多だなと。時々解除されるけど、エネルギーを使うことには変わりない。

 

発話で無理矢理元気に振る舞うというのはなかなか使い勝手良い手法。

 

やっと言語脳が起きてきたか。

 

刑法の本のあとがきで感動した。多分刑法学のホープだった学者さんが亡くなったことを悼むメッセージと、考えることの意味と。ほんとに好きだったというか尊敬していたんだろうなぁという心が良く読める。そして2週目に入る。

 

でも、僕は考えるという作業は凄く苦手。考えるって思考過程を言語化できることだと思うのだけど、直観だと、過程を説明できない。まず説明しようとも思っていないというものさしもあって二重に大変。

 

多分これって、自分が相手に伝わって嬉しいか、もしくは伝えたいという精神性があるかどうか。僕はこういうのはない。自分が読まれて嬉しいとか分からないからなぁ。理解とは別に、時間を使ってくれることに対しては申し訳でありがたいなーって思うけど、まぁまぁ他人事。

 

このままこれ以上行けないから修正はかけている。修正の為の法学。自分がどれだけズレているのかが分かるし。何故ここまで立ち位置を取れないのかも今となっても良く分からない。自分の主観って本当にあるのだろうか。いや、勝手に可愛いとか好ましいなと思うところはあるから、これが主観なのだろうけど、主観ってもっと肥大するものなような。

 

僕は人の指示語に割と従ってしまう。

 

立ち位置がなくても生きているし、人生自体は楽しんでいるけど、何か自分に異星人感があることは、精神疾患的に名前が付いているのかな。付かないだろうけど。

 

まぁ、だから、ここは純粋な記録でしかない。

記録って参照するものだけど、参照はしないから、記録ですらもないのかも。

 

自分がほんとうに素朴な自分であるか。

 

 

やれやれ。

 

 

最後、本の話。

 

十二国記は盛り上がってきているけど、その前に読んでいる水滸伝が最終決戦っぽいから、臨場感として、十二国記だけでは盛り上がれないというジレンマ。古事記も天岩戸で盛り上がっているし、西洋史100年戦争勃発しているし、数学はルート2無理数だし。そういえば、今日本屋寄ったら森博嗣さんの新刊も出ていて買わなかったけど、もう本は満員御礼状態。ここに夏の終わりがあったらなお良かった。

 

 

今日はここまで。

 

雨が降っている地域の人は風邪ひかないように暖かくしていますように。