思考の坩堝

避難所

手で紙にしたためるもの

 お弁当タイムはなかなか気温が低かった。でも日向で食べるとなんの問題もない暖かさ。太陽は凄い。だいたい同じような場所でつまらなそうに1人で食べていたすらっとしたお兄さんは最近ご飯を一緒に食べる人ができたようで、今日も口ひげを生やした個性的なお兄さんと楽しいそうに食べていた。とても微笑ましい。あんまり楽しくなさそうだったのでやはり1人より2人以上が良いわなと。あぁ、僕は1人で楽しく食べているから問題ない。基本的に1人の時間が好きだし。甘い物は1人で食べるものではないけど、今週末は勝手にケーキを食べようかと目論んでいる。自分の行動指針が良く分からない。

 人間観察や外界観察をたくさんしているように見えるかもしれないけど、別に特に注意深くいつもきょろきょろしている訳ではないし、見えているもの自体は対してみんな変わらないと。問題はどれだけ意識に登らせて留めておくかだから注意してみようと意識するとあまり見えない。俯瞰で見えたもの見るという感じ。好きな景色も葉っぱが減って寂しくなってきた。そのうち葉っぱが全くなくなって、それもそれで綺麗と感じる気もするけど。どうやったら登ってくるかは、きっと興味で、登ってきたところで煩わしいからやっていないのでは。こんなの特に意味もないし。

 さて、ふわふわしたり沈んだり。なんだか地面から5センチくらい浮いた感じで過ごしていたのだけど、どうやら地に足が着いてきた。これは反動としていたけど、どうやら手紙について考えていたらしい。手紙の意味と効用と思い出と。

 手紙についてのブログを見て思い出した。僕も手紙を書いていた時期があったなと。あれはまだガラケーで電話に通話料がかかっていた時代。遠距離の恋人に定期的に書いていた。手紙っぽくないと評判だったけど、おそらく今の日記のようなことを書いていたのだろう。僕が文章を書き始めたのは大学に入ってからで、おそらくパソコンで書いてもいなかった。料理習慣の初めの具材を切って炒めて混ぜるだけのようなテンプレートから始まって、そのうちパソコンになった、のだっけ。おそらくタッチタイピングも歌詞を打ち写すことから始めて。少し文章になれた頃、今はないSNSで僕の日記に興味を示したのか、僕が興味を示したのか、1年くらいほぼ言葉だけのやり取りだった人。

 手紙を書いてみようと思ったのは、おそらくノルウェイの森のワタナベの影響。自分の字、汚くて嫌いなのにあの頃は自分の想いを描写することが楽しかったのだと思った。相手も喜んでくれていたようだし。ただ、その時の感情は再現することができないけど。あと何人かにも書いたことがあるような気がする。これももう忘れた。今思えば、言葉と僕の距離はとても近かった、という気がする。

 その後諸々があって、言葉への不信みたいなものが芽生えて、文章は書いていたけど誰かのために書くということがなくなった。言葉的引きこもり。言葉への不信ってすなわち人間への不信みたいなもの。感情もかなり固まっていたような。この時期にも1通だけ膨大な量の手紙を出したな。執着がなせる業。

 でも、昨日の日記を掘り返してみると、そういえば感覚としてあの頃と今は近くなっているなと。手紙は特定人宛の文章で、そこには特定人への想いがあるということ。直近の元恋人さんが、当時返って来た唯一の手紙(浮気騒動の後の、貴方は傷つくこと分かっていたのに云々のやつ)を捨てて欲しいと言ったのも、その代わりのように誕生日に手紙をくれたのもそういうことかと思うと、別れてしまったのは悪いことをしたように思う。僕はだいたい後になって気付く。とはいえもはや戻ることはないけれど。生きている所が違う。

 要は、手紙の効用とは、僕にとってはそれに対して感想をくれることじゃなくて出して良いのだって思える存在がいて有難いということ。返信もどうでも良い。もらったら大事に読むけれど発信と受信は繋がっていない。

 まぁ、繋がっているかどうかで言うと、厳密に言えば言葉と人は直結していないし、この文章が自分を正確に描写しているかということもなく、ということは、いったい実在とはどこへということになる。自分の感情の言語化で言うと、例えば今はすこぶる寒いけど、「寒い」って一言で描写できるものではない。というか、こういうときは「寒い」と学習しているから寒いな訳であって、寒さを感じる感情の素がある訳でもないということ。では「好き」とは「嬉しい」と学習か。なんだかよく分からないことになる。でもどちらもこうあるべきという感情から言語化されるものでもないような。

 それでも人と人は、こういう不自由な道具で交信するしかないというところが楽しいのかも。言葉との距離が近いっていうのは言葉を自由に使いこなすことではない。言葉を使い言葉に使われることを自覚すること。と時間も押してきたからざっくり。想い人に対する感謝はこういう感覚を戻してくれたこと、にあるのか。いや分からないな。

 ではおしまい。昨日と温度差があるのでみなさん暖かくして寝て下され。

 

 おやすみなさい。