誰でもない

 

今日はなんとなく食卓が盛り上がっている。人参と大根のレンチン豆板醤ナムル、豚もやしのウスター炒め、フリルレタスとトマトとブロッコリースプラウトのマヨサラダ。と買ってきたつけ盛り。

 

野菜を食べろと富裕層が言うけどこちとら安い300円の牛丼しか食べらないとか、なんというか、傾向で語る人が多いよなぁという界隈。外食自体が贅沢品みたいなところあるけどな。やる気がでないときにはコンビニでレトルトカレー買ってみたり。ないのはお金じゃなくて、時間ではと思わなくもない。今更スキル磨く時間もないという袋小路。確かにお金があるほうが、優雅に生野菜たっぷりスムージーとかたくさん摂取はできそうだが。

 

別に人参大根の皮まで使うみたいな完璧主義にする必要もないし、勿体ないで栄養摂取の機会を逃すのもどうもよくない。牛丼ばかり食べるなら、もやしを炒めたのと納豆ご飯の方が安いし。

 

まぁ食生活なんてひとそれぞれの自業自得だから、自責にしている分にはなんでも良いと思う。でも、他責にしだすとよろしくない。

 

あと、食で思うのは、残すのはもったいないという人は、人の口にさえ入れば良いのかっていうのは素朴な疑問ではある。まぁ排泄は人にとって忌避の対象だし、人の営みって生ごみも焼却処分だし、排泄も自然には返してないし。本当にもったいないを突き詰めるなら、食が細くて食べすぎると戻してしまう人とか、虚弱で下痢気味の人はどうかとか、それこそ拒食症の人とかにたくさん食べさせようとすることももったいないなのではって。この辺考えていくと、なかなか面白いと思う。

 

自分の所有物だから、全部自分が摂取しないと消費しきれていないかんもあるだろうし。

 

まぁ、僕の素朴な感覚は、もう一度言うと、人の食生活はその人のプライベートだからどうでも良い。それよりも他人の食とか社会の食とかに口を出そうとする人の方が気になるなぁという感じ。

 

まぁ食は性と同じくらい原始的だから、素朴な生理的嫌悪感は人にとってかなり強いのだろうなと。要は食もえっちぃ。

 

 

さておき。

 

 

今日の夢は、神様の話だった。といっても神秘的なものじゃなくて、小学56だっけ年生時の担任が、図解で神様に好かれやすい精神性とは、みたいなことを授業するもの。日本の神様の考え方って、ギリシャ神話と近そう。求めるばかりの人には施したくないだろうし、ちゃんと感謝しましょうみたいな流れだった。神様もえこひいきします、みたいな。

 

図が夢に出てきたのも初めてなのではなかろうか。

 

これで思ったのは、結局人もそうだよなぁと。

祈りが喜ばれるのは、この文脈だとなんとなく分かる。願いは利己的なもの。わかり易いのは心配か。

 

誰かれがつつがなく生活できていますように、誰かれの問題がさっさと解決しますように、誰かれの体調が安定していますように、僕以外の全宇宙がほどほどに満たされますように、っていう流れ。頻繁に交信している人は祈りの対象にはならない。だって、祈りよりは現実的な作用及ぼせるし。

 

そろそろ宝くじ当たるのじゃないかって空想する。誰にいくら分配しようかって。あんまり高額過ぎると贈与税かかるからなぁって現実的なものも含めて。どれだけ壊れているのかはよく分からないところ。生活に囚われられなくなったら、起きてから寝るまで本ばっかり読んでいると思う。

 

 

ともあれ、なんだか、超感覚的世界に入るにはっていう本の修行を体現している感。生活とは全く関係ない時間を5分でも良いから持ちましょうってことらしい。自分の感情とか記憶とか感覚を精査してみる時間を作ると精霊が出てくるとか。出てきたことないけど。

 

スピリチュアル全般そんなこと言っているような。

瞑想法とか。

 

これって、たぶん日常が超常みたいに生きているからだろうと思っている。

これ以上余計な超常は要らない。

 

パラレルワールド

 

本は、やっぱり小林さんにしてはキレがない気がする。地震とか水害とか液状化現象とか、センセーショナルな物語で、被災者にとってはフラッシュバックして読めないだろうなとは思うけど、そうでもなくて。

 

一番は、母親の話し方。

○○だわ、っていう「わ」の語尾が多すぎて。今時の女性ってそんなに連呼しないような。関西弁なら分かるけど標準語圏内だし。これの違和感が伏線だったら良いのになーとは思っているけど。

 

 

で、現実的なパラレルワールドが存在するかどうかという命題。

 

これは社会がとか世界がって考えるとSFになる。SFパラレルワールドとかバタフライエフェクトも好きだけど、こういう世界が存在するかというとなかなか証明はできない。個人的には、あるかもしれないなっていうくらい。

 

でも、自分に限定された世界だったら、普通に在ると思う。分岐点は細々とあって、これをした世界としなかった世界とか。そうして自分が存在している世界はそのパラレルワールドの中の1つでしかないというような感覚もあっていい。まぁこれだと並行世界は観測できないから、ないという結論も分かる。

 

では、ここから先では。

自分が今何をするかによって、ここから先の並行世界のどこに分岐するかを選べる。という意味ではパラレルワールドなのではって。

 

 

やれやて。

 

僕に出逢ってしまったのは選択肢が失敗したのだろうなとは思っている。

僕の中では全部正解ルートだけど。このルートの話って変な話、僕がまともに大卒で就職していたら早い者勝ちで、番になっていた気がするという意味では、世界も色々あるなぁと思う。

 

他人との関係において平気で自分を殺す自分を守るために無意識が選択してきた世界がここにある。

 

 

おしまい。