なんにも書けない

 

 

開き直った世界ではだいたい抜けている。今日は朝起きてからご飯の予約スイッチを入れ忘れたことに気付いた。お弁当時間はスーパーで白ご飯だけ買った。捨てることになるかと思ったけど、吸水時間マックスなことを利用して炊き込みご飯を作った。べとべとしてなくて薄味でなかなか美味しい。具は薄揚げ、人参、しめじ、舞茸。筍があったらよかったけどまだ下ごしらえをしていなかった。そういえば、今朝見たら昨日の筍は収穫されていたな。

 

炊き込みご飯には酒が要るだろうとスーパーで探すと、料理酒じゃなくて飲めるけど料理用に作りましたというお酒があったから買ってみた。全然高くないけど、一口飲んでみてくださいってパッケージに書いてあったから飲んだらとても美味しかった。大吟醸とかも飲んだことあるけど、なかなか優しいお味で好み。ちゃんと料理に使う。

 

さておき。僕と交信しているとパイプオルガンの音が流れるという奇特な人が居た。どんな音かイメージできなかったから聞いてみた。壮大な音だった。壮大なパイプオルガンだったのかパイプオルガン自体が壮大なのかは知らないけど。なんだか安眠系のアプリでよく聞いた音のような気もする。きっと悪くはない音なのかな、知らないけど。

 

交信で意味と関係なく感じるのがあるとすれば、色かな。もっと漠然したものだけどあまり外れていないような気もする。これが自分にとって良いものなのか相手にとってなのかは定かではない。何を感じているのかは不明である。音でも色でも手触りでも匂いでもない何か。

 

でも、外れているような気もするのも確か。例えば僕が更新も交信もしなくなったとして、残る人とは。おそらく現実に含まれなくなる。いやそもそも電子世界の言葉の交換は社会ではないという捉え方も良いと思う。

 

ともあれ。

 

何の話から書こう。

 

カントさんの純粋理性批判は空間の話。原文は終わって解説パートなのだけどこの人の文体美味しいから読める。空間の絶対性の話。空間は客観的なものだとのこと。で、空間の認知は身体性を原初にしているとか。確かに分からなくもない。物理的空間の自分の肉体はどうあっても他の物質とは一致しないし、自分の体が存在している所が空間であるという認識も分かる。

僕の場所を取るっていう感覚も、今自分以外にはここに居ないという実感から来ている。変な話、何処かに誰かと行ったとしても、僕と同じ視点の同じ瞬間で相手は世界を観ることはできないし、逆も然り。演劇だって座席によって変わるし。絵画とか写真ならまだできるかもしれない。けど、身体性とは離れた精神性において、同じものを同じように観ることなんて在るだろうかと思う。感知するって一般化できるけど掘り下げたなら個別的なものだし。

 

僕の空間認識は、身体性からはやや拡張していると思う。社会美学から引用して、小さな社会とは相互行為状況だって言っているけど、刑法から引用しなくても行為には当然、作為も不作為もあるし、なんなら、身体性がない関係も空間の一部だろうと。カントさんの時代にはネットなんてなかったから、今生きて居ればきっと見解も変わるはず。

 

空間は客観的なモノだっていう論証で、部屋にある椅子を部屋から取り出しても床もスペースも残っていると書いていたけど、椅子の不在感はあるだろうと思う。自分にとってどうでも良いものであれば入れ替わりとか不在を認識できないだけでは。

 

最新の恋愛小説はやたらと官能描写が多くて困っているのだけど、無駄に不在について思い出してしまった。僕は一回だけ同棲している恋人の携帯の中身を見てしまったことがある。浮気相手とのいわゆるちゅーぷりとか僕を気にして交信しているところとか。生活していても相手の中身なんて見るものではないと思ったのは今となってはだけど、ここにも自責感はなくもない。もっと安心させることができたらとか満たしてあげていればとか。相手に対して何もできていなかったという観念。

 

だからなのか、もともとなのかは知らないけど、好意的関係が構築されていてもいつかなくなるだろうなって思う節がある。いつか要らなくなるだろうなって。相手はあくまで当人の観測範囲の中で僕を好意的に捉えてくれているだけで、そこから外れれば、椅子は不在になるだろうなって。

 

思ってたの違っていたと告白されて付き合って振られてきた思春期前後からすると、もともとおかしきなのだろうという気もする。相手が認識している自分が良くも悪くも分からない。

 

そうして、開き直ってみると、まぁ相性が良くなかっただけで、相性が良い人なんて居ないだろうなと思う訳で。

 

なんだか自分語りになったけど、要は、関係なんて絶対的に期間限定なものよねという認識。僕は物理精神の接触がなくなっても切り捨てないけど、これは相手に観測できないから、相手の世界では居ないのと同じ。そういえば大学時代の知人から着信があってたぶんこのご時世にかこつけた存在確認なのだろうなと思って返さなかった。何かがないと連絡しない人って、どうなのか。

 

僕はもともと1人で良いし、僕に関係してくれている人だけでお腹いっぱい。

 

では、おしまい。